2013年最初のコロキウムでは、「皮膚科学」をテーマにユニークな研究を展開されているお二人の先生をお招きし、講演をおこなって頂きました。
講演の前半では、資生堂の傳田光洋先生に皮膚におけるバリア形成と情報処理についての実験的なお話をして頂きました。
皮膚には体液の流出や外敵の侵入を防ぐ役割がありますが、これはバリア機能と呼ばれています。傳田先生は研究の過程で、角層の直下にCa++が局在していることを発見し、その分布状態がバリアの恒常性に重要であることを突き止められました。さらに、皮膚のバリアが壊れた時の細胞応答を調べるため、ケラチノサイトの培養系を利用していました。ケラチノサイトを単層培養して、一部分を空気に曝すことで、バリアの破壊を行い、その時の細胞内Ca++濃度の動態を観察します。その結果、傷ついた細胞の周辺からCa++の波が発生して組織全体に広がってゆく様子が観察されました。またそればかりか、一方向に進んでいたCa++波が逆転したり、弧を描くように進んだりと、とても不思議な現象を紹介されていました。傳田先生は上記二つに関しては、観察例が少なくまだまだ検証が必要であるとおっしゃっていましたが、身近な存在である皮膚に何か重要な原理が隠されている・・・そのような印象を筆者は強く感じました。
皮膚はバリアとしての役割がある一方で、外部刺激を認識するための受容器でもあります。後半では、温度受容タンパク質としても知られるTRPチャネル群と皮膚機能の関係性についてお話されました。TRPチャネルは温度や化学物質の受容に関わる神経細胞だけでなく、ケラチノサイトにも発現しています。ケラチノサイトと神経線維の共培養の実験はとても興味深いもので、ケラチノサイトを興奮させるとすぐ近くの神経も興奮し、そのシグナルは伝達されるのです。この現象は、①TRPチャネルの活性化、②ケラチノサイトからのATPの放出、③ATPによる神経細胞の興奮、という一連の反応によって説明されます。これらの結果から、皮膚における感覚受容の最初の入力場所は、神経ではなく、皮膚そのものではないか?という、大胆な仮説を提案されていました。
講演の後半は、北海道大学の長山雅晴先生に皮膚バリア恒常性の数理モデルについてお話をして頂きました。
バリアを構成するケラチノサイトは表皮の深い位置で生まれ、その後上層に移動してゆきます。そして細胞は死んだ状態で積層して角層となり、最終的には垢として剥がれます。このように表皮は静的な構造体ではなく、細胞の動的な振る舞いによって維持される複雑なシステムであることが分かります。長山先生の講演では、いかにして現象の本質を理解するか、そのための道具が数理モデルであることを強調されておりました。モデルの構築のために、まずは実験で得られたさまざまなパラメーターを組み込んだモデルをつくるそうです。そして、現象の再現に必須なものとそうでないものを取捨選択しながら、本質に迫ったモデルを目指します。興味深いことに、出来上がったモデルのパラメーターを調節している過程で、角層が肥大し表皮にめり込んだ状態-いわゆる魚の目が生み出されました。このように現実の病気が再現できることから、このモデルの妥当性がうかがわれます。将来、この"皮膚シミュレーター"によって皮膚疾患のメカニズムの解明やその治療法の開発が期待されます。